最高裁判所第一小法廷 平成10年(あ)413号 決定 1999年12月16日
主文
本件各上告を棄却する。
理由
検察官の上告趣意は、判例違反をいう点を含め、実質は量刑不当の主張であり、弁護人吉川実の上告趣意は、事実誤認の主張であって、いずれも適法な上告理由に当たらない。
所論にかんがみ、被告人に対する量刑について、職権により判断する。
本件は、多額の負債を抱えて鉄工所の経営に行き詰まった被告人が、得意先回りで自己の工場を訪ねてくる銀行員(当時三一歳)を殺害して所持金を強奪し、その死体を遺棄した上で、同人の生存を装い、被害者の勤務先銀行関係者を脅迫して身の代金名下に多額の現金を喝取しようと企て、訪ねてきた銀行員の背後から鉄製丸板等で頭部を殴打するなどして殺害し、二十数万円の現金を強奪して、死体を山中に投棄した上、銀行関係者に対して八〇〇〇万円の身の代金を要求する脅迫文書を送り付け、電話やトランシーバーを使って現金の授受を試みたが、警察官に発見検挙されて未遂に終わったという強盗殺人、死体遺棄、恐喝未遂の事案である。
被告人は、経営の苦境に陥ったとはいえ、その対応について家族等と相談することもなく、安易に本件犯行を計画したものであり、その自己中心的な犯行動機に酌量の余地はない。殺害の態様は、無防備な被害者の背後から重い鉄材で頭部を二回強打してこん倒させ、立ち上がった被害者の頭部を更に別の鉄材で二回強打し、倒れた被害者の首をロープで絞めて息の根を止めたというものであって、残忍というほかない。そして、その結果は、何ら落ち度のない若年の被害者の命を奪い、幼児を抱えた妻ら遺族に計り知れない衝撃を与えたものであって、極めて重大であり、遺族の被害感情が厳しいのも、十分理解することができる。また、本件は、身の代金目的の誘拐殺人事件の実質を有する事案であり、社会に与えた影響も軽視することができない。このような事情に照らすと、被告人の刑事責任は誠に重く、被告人に対して死刑を選択することも十分考慮しなければならない。
しかし、他方、原判決が、犯行の計画性につき、完全犯罪を決意して着々と準備を進めていたとか、これを実行する機会を慎重にうかがっていたとまではいえないと判断したことが誤っているとはいえない。また、本件犯行は、鉄工所の経営が行き詰まり、多額の負債を抱えたために計画されたものであるが、その負債は、被告人の経営感覚や経営能力の甘さなどによって生じたものであるとはいえ、遊興や無為徒食の結果生じた場合とはその性質が異なることを否定することができない。そして、被告人には業務上過失傷害罪による罰金以外の前科、前歴がなく、本件犯行直前まで、実直な社会人として社会的にも家庭的にも格別の問題もなく生活していたことが認められるというのであるから、これらの点を含む諸般の事情を考慮すると、被告人を無期懲役に処した第一審判決を維持した原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものとは認められない。
よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 遠藤光男 裁判官 小野幹雄 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄 裁判官 大出峻郎)